「もうすこし人は人に寛容になったらいいんじゃないか」っていうお話。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

すこし前に雑談している中で、「確かに!」と思うことがありました。それは「もうすこし、人は人に寛容になったらいいんじゃないか」っていうお話。

暮らし方や働き方が音を上げて変わっていく一方で、僕らも意識を変えていくべきだと思うんです。そのひとつが、もっと人に寛容になること。

働き方は変わり始めているのに、人の意識は変わらない

ここ数年で複業が解禁されたり、パラレルワークを行う人が増えたりと、目に見えて働き方が変わってきたのは、みなさんも周知の事実。

そんな流れもあって、ひとつの会社でひとつの仕事のみを、ずっと続けるというよりは、いくつかの仕事を抱え、横断的に働く人が増えてきました。

会社員の方がフリーランスの人と関わる機会が増えてきたり、フリーランスの人が様々な会社の人と関わる機会が増えたり、人の流動性も昔より遥かに高まってきたんじゃないかなと。

だけど環境が変わる一方で、意識がまだ追いついてない。人を受け入れる余白みたいなものが、なんとなく少ないように感じるんです。

マウントをとって攻撃したがる人たち

なんでそんなことを思ったのかというと。単純に目にする機会が多くなったんです。

業種や年齢関係なく、さまざまな人が関わるようになったいま、自分の優位性を利用して、だれかを攻撃する人たちを。

おそらく当の本人たちは、そんな自覚はないのでしょう。だけどそれは絶対やっちゃダメなんだって。いや、やらないほうがその人のためだと思う。

働く環境が変わる一方で、以前に増して人と人の関係性も、変化し続けています。それも上に下に浅く深く。

だからこそ今の僕らに必要なのは、受け入れる余白だと思うんです。

人が人に寛容になること

マウントとってだれかを批判するのなんて簡単なんです。だけどそれをやってなにかの解決になるんでしょうか。その瞬間の自分が鬱憤を晴らしたいがための理由づけでしかない。

それを変えていかないといけないのは、紛れもなくその人自身で、必要なのは受け入れる余白だと思うんです。

僕らがいま必要なのは、ジャイアンじゃなく、しずかちゃん的目線。人が人に寛容になることで、心理的安全性をつくっていこうとする気持ちです。

もうすこし、人は人に寛容になったらいいんじゃないか。心からそう思います。

最後に

なんだかうまくまだ言語化できないんですが、自分の中でまだいろいろ絡まってる感じがあります。

ひとまずのアウトプットとして、ここまで書いてみました。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

今日はこれにておしまい。
それではまた!