やめる決断をすることは、淡い期待を手放すこと。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

先日公開した「下半期はじまり、日本かえります!」という記事で、こんなことを書いたんですが、今日はここからお話ししていこうと思います。

「やりたい」ではじめた旅が「やらなければならない」に変わりつつあったのを感じ、このまま移動し続けることをやめて、いったん旅を仕切り直そうと考えました。

やりきることで見えることもあると思います。だけどこのまま続けることに違和感がある。なにより自分にとって健やかじゃないと思ったので、この決断にいたりました。

あらためてこのタイミングで書いてしまうと、自分の選択を正当化した気にもなるのでいやなんですが、やめることはマイナスではないと思うんです。

むしろやりきることと同じくらい、スパッとやめる勇気をもつことも、大切だと思っています。

やめることはマイナスなことではない

やめることはどうしてもマイナスなことだと思われがちです。続けることが大切だと言われてきたので、どうしても続けることに意義を感じてしまいます。

だけどやっぱりどこかで違和感の感じる「〜しなければならない」になったら、いちど自分に問うてみるべきだと。とくにそのとき、自分以外のだれかの顔が出てきたらその時点でいちど見直してみるべきだと思うんですよね。

それでも僕らはただただ続けてしまうことが多い。もしかするとそれは、淡い期待を手放せない状態にあるのかもしれません。

淡い期待を手放せるかどうか

たとえばそれは、損切りできないひと、に近い気がします。

損切りって株の用語なんですけど、簡単にいうと、値下がりした株式などを売って損失額を確定させること。そのまま保有し続けたとき、さらに株価が下落して損失額が膨らむのを防ぐために、損切りを行います。

「インベスターZ」という株の漫画のシーンで、投資部の先輩たちが主人公に、あるテストを受けさせるシーンがあります。それは主人公ひとりにある映画を観させ、その映画がとんでもなくつまらなかったとしたら、途中で映画館を抜け出してこれるかというテスト。

つまらない映画をつまらないと判断し、席を立つことができるか否かを判断するためのもの、要は株価が下がった状態で損失を確定できる人間なのかどうかをみるためのテストだったんです。

大抵の人は面白くない映画を観ていても席を立つことはない……なぜか
それはチケットを買ってしまったから

折角お金を払ったのだからせめて最後まで観よう
途中で出たら損をすると思っているからだ

退屈でなんの楽しみを得られない
全て無駄な時間を過ごしているにもかかわらず……

引用元:インベスターZ(2巻より)

 

最後に

「このまま続けてると、なにかあるかもしれない」

僕らは続けた先になにかがあると、淡い期待を抱いてしまいます。やめる決断をすることは、そんな淡い期待を手放せるかどうか。そのためにいちど自分を振り返り、見直すことが大切だなあと思うのです。

それが僕らにとっていちばん健やかな道だと確信しています。

ここまで書いててふと気がついたんですが、自分のなかで心身ともに健やかでいられるか、はどうやら大切な判断軸としてあるみたいです。スリランカでアーユルヴェーダを受けているからか、心と体の健康についてなんとなく考える、今日この頃です。

今日はこれにておしまい。
それではまた!