ハノイのニヤニヤ少年と小さな出会いについて|ベトナム旅行記①

ようやくタイのチェンマイを離れ、ベトナムは「ハノイ」という街にやってきた。

勤めていた会社がハノイへ採用に出かけたり、いろいろと話を聞くことがあったので、勝手に親しみを感じていた街でもある。

ハノイでしたかったことといえば、友人や先輩に教えてもらった、ハノイのおすすめグルメを食すこと。さっそく教えてもらったレストランをとりあえずGoogleマップに登録してみる。

すると見事にいい感じに離れているではないか。それもハノイのトレードマークである西湖を、ぐるっと囲むようにピンが刺さっている。

今日はこの線上に沿って散歩してみよう。こうしてハノイのゆるーい旅がはじまった。

 


 

しばしばハノイでは車道や歩道といった概念がなくなる(ときおり車道の右左も!)。ベトナムに来てすでに2回ぐらいバイクとぶつかりかけた。ベトナムの都市で写真を撮る際はほんとに要注意。

街の印象としては「バイク多っ!」という感じだったが、その次に気づいたのは、歩道でご飯を食べている人が異様に多いことだった。レストランや屋台に限らず、バイクの修理屋さんや服屋さんも、業種を問わずみんな外で食べている様子。

特定の年齢層の方がそうしているわけでもなかったので、おそらくこれがベトナム文化のひとつなんだろう。ハノイのスタイリッシュな若者たちが、無造作に置かれた小さなイスに腰をおろしご飯を食べている様子は、ギャップが感じられておもしろかった。

東南アジアの国々は似ているようで、実はまったく異なる文化を持っていたりと、新たな気づきを得れることが多い。訪れた街を歩くとそういったカルチャーが垣間見れたり、いろんなイベントにも出会えることがある。

今日は偶然マクドナルドのオープン日に出くわした。

マクドナルドの入り口から3人の若者が、意気揚々と肩を組みながら出ていく姿はとても爽やかで、見ているこっちまで嬉しくなってしまった。この日ばかりはマクドナルドの店員さんに加わりたいと思った。

ベトナムの若者は一見シャイな感じに見えるけど、積極的に話しかけてくれるような気がした。自分が外国人であることも関係しているが、コンビニやカフェの店員さんの接客もよく、ハノイの散歩がテンポよく進んだのは彼らのおかげだった。

一方で、よく海外の子どもたちにからかわれることも多い。

 


 

 

空のオレンジがかすかに残る湖沿いを散歩している道中、木のそばで休憩中のハスキーを撮影していたときのことだった。

意外と大きいハスキーを前に約10秒ほど静かにカメラを構える。この10秒間は手ブレを最小限に抑えるために息も止めているのだ。そんな10秒のあいだにいきなり後ろから「ワア!!!」と誰かが思いっきり背中を叩いてきた。

前かがみになっていた身体が反りかえり、とんでもなくでかい声を出してしまったのだけど、後ろを見たらエヘヘと笑う1人の少年。ひっさしぶりにビックリさせられたので、この後のリアクションに非常に困った。

「エヘヘちゃうぞほんまに。今ので犬に噛まれたらどないすんねん」

とか言いたかったけれど、彼の純粋無垢な笑顔を目の前にそんなことは言えるはずもなく、気がつけば自分もエヘヘと笑っていた。

「…ところでだれ?」

「いやそれどう考えても、こっちのセリフやろ」

思わず日本語でツッコんでしまったが、なにも間違ったことは言ってない。冷静になってすこしばかり彼に説教をした。

「子どもでもやっていいこととあかんことがあるやろ?ところで何してんのこんなところで?」

「今日はあの店で働いてるんだ」

ニヤニヤしながら指差す先には小さな商店らしきものが見えた。それから彼は高校生であること、びっくりさせるには最高のシチュエーションだったことなど、短い間だったけどすこしばかり話をした。

けっきょくお互いニヤニヤしながら、他愛もない話をして、最後は彼の写真を撮らせてもらった。すこしでも彼の暇つぶしになったのならそれでいい。別れ際に握った彼の手のひらは小さくも力強かった。


 

なにも毎日大きな出会いがあるわけじゃない。というかそもそもそんなに出会いは多くない。

一方で今回のように些細な出会いだけれど、不思議と記憶の片隅に残り続けるような、ほんとうに小さな出会いがある。そんな出会いの積み重ねで旅は彩られていくんじゃないかと、改めて感じた。

ただ人はどうしても忘れてしまう生き物だ。そのとき見た彼の顔もいつか思い出せなくなるのかもしれない。だからこそ記録として写真を撮る、旅行記としてブログに残しておく。

まあ、まさか海外でビックリさせられることってそうないと思うから、簡単には忘れないか。「まただれか旅行者が来たら驚かせてやろう」、そんなことを考えながらニヤニヤしている彼の姿を思い浮かべると、ついクスッと笑ってしまう自分がいた。

完全に自己満足の世界ですが、こんなものでも読んでくださる方がいらっしゃれば、とても嬉しいです。