「だれか」から買えなくなった寂しさと、とあるカバン屋の店員さんとのお話。

去年買ったものの大半は、ネットで購入したものだった。だれかから買ったと感じるものは、年々減少傾向にあると思う。そんな数少ない”だれか”から買ったお店に、とあるカバン屋さんがあった。

学生のころに初めて訪れたカバン屋さんで買ったのをきっかけに、いつの間にか近くに行くとそのお店にも顔を出すようになった。一人旅の楽しさやファッションについてよく話してくれた店員さんの姿は、今でも鮮明に覚えている。

奈良から来た田舎者が、ファッションの世界に身を置く人たちとの会話にすこしでも入れたんだと思うと、とても嬉しかった。東京で暮らしはじめてからも、関西へ帰るたびに訪ねては、コーヒー片手に他愛もない話をすることが、毎年の恒例行事のようになっていた。

そんな店員さんがお店をやめてしまったと知ったのは、つい先日のことだった。

 

京都にあるそのお店を訪ねてみたが、残念ながらそこにもう彼の姿はなかった。

他の店員さんに尋ねてみると、どこかに異動したわけではなく、会社をやめたとのことだった。そりゃいろいろあるよなあと思いつつ、他の商品には特に目を暮れず早々に店を出る。

そっとコーヒーを入れてくれては他愛もない話をするあの時間はもう戻って来ない。気兼ねなくだれかに会いに行ける場所が減ったんだと思うと、すこし寂しくなった。

たぶん、誰かから何かを買えることを、楽しみにしていたんだと思う。いろんな話をして、迷った挙句結局なにも買わなくて、それでもまた来て、やっぱり買う。

購入したカバンを背負って、「いい感じにくたびれきたね!」なんて会話をするために、また時間をおいて遊びにいく。そんなゆるりとした関係性を築いていく過程がすごく楽しかった。

 

確かにいつどこでもワンクリックで購入できてしまうネットの世界はありがたい。だけど、そうやって面倒くさい工程を経てでも買いたいものがあったんだ、と改めて思った。

また店員さんとはどこかで会えたらいいなあと思いつつ、そんなゆるいつながりをいろんなところで作っていけたらと思った、京都の夜です。

今日はこれにておしまい。
それではまた!

 

p.s.【2018/1/12】昨日このお店の大阪店に行って、何気なく辞めてしまった店員さんの話をしたら、大阪の店員のみなさんはその人をご存知の様子。

「あ〜〇〇さん!」とみんな笑顔になったのが、見ていてとても素敵だったなあ。どうやらカフェをはじめるみたいです。また行ってみよう!