つい言ってしまう「奈良っぽい」をちゃんと言語化したいっていうお話。

どうも、佐田真人(@mst727)です。

むかしからよく「奈良っぽい」という言葉を使います。ぼくが奈良生まれだからかもしれません。建築を見て奈良っぽい、料理を見て奈良っぽい、服を見ても奈良っぽい。

自分の心を動かすなにかを、「奈良っぽい」と表現することが多い。それぞれ意味合いが異なるんだけど、奈良っぽいの一言で完結できるので、つい使ってしまいます。

先日、とうとうその「奈良っぽいって何ですか!」と突っ込まれたので、今日は備忘録がてらに自分が思う「奈良っぽさ」について書き残しておこうと思います。

 

奈良っぽいを使い始めたきっかけ

奈良っぽい。自分の中ではとても便利な言葉なんですが、いかんせん相手に伝わらないことが多い。ただ不思議と奈良出身の人には分かってもらえることがあるんですよね。

自分の記憶を辿るかぎり、奈良っぽいという言葉を使い始めたのは高校生の頃。ちょうど奈良の良さに気づくことが増えたときです。

特に何もないけれど、緑が豊かなところ。どこか不器用だけど憎めないところ。上を見上げると空が近いところ。

最初は奈良の良いと思った風景と重ねて「奈良っぽい」と表現していたものが、今は随分と多くの意味を含むようになりました。

 

奈良っぽいの意味

懐かしい、おしゃれ、シンプル。そんな感じの言葉だと誤解されがちなんですが、本当はもっと奥行きのある言葉なんですよね。

「奈良っぽい」とは決して煌びやかな美しさではないけれど、もっと洗練された、何もないところから生まれる美しさだと感じます。

例えるならば、千利休の「侘び寂びの精神」。表面だけでは語れない、無駄なものをそぎ落とした先にあるものという印象。

「おしゃれ」という表現の仕方も間違いではないですが、これだとちょっと直接的すぎる。物質的な話ではなく、空気感や佇まいなど、実態を伴なわない内側の話なんです。

 

奈良っぽい人に憧れる

奈良っぽいはモノだけに表すものではありません。ヒトも同じです。

東京を歩いていると、周りとは明らかに違うファッションの方っていますよね。一言でいうと個性的な服を纏っている人ですね。一昔前の僕だとそれをおしゃれな人だと思っていたかもしれません。

しかし「奈良っぽい」とは思わない。たとえ表面上おしゃれであっても、その人の佇まいが感じられなければ、とくに憧れは抱かないんです。

定番と呼ばれるシンプルな服といえど、その人自身から感じられる個が同調している人。そういう佇まいの人に憧れを感じるし、そこにとても奈良っぽさを感じるんです。

センスなんかもまさにその類のものなのかもしれません。

 

最後に

決して表面的なものではない、何もないところから生まれる美しさ。それはモノや人のあるべき姿を問うときに表現したくなるのかもしれません。

結局のところ自分にとっては、相手には通じないけれど、これひとつで大抵のことは完結する、とても都合のいい言葉なわけです。

そしてまた自分の心を動かすなにかに出合ったとき、僕は懲りもせずこういうのでしょう。

「奈良っぽい」と。

もし僕の口からこの言葉が出たときは、どうか盛大に突っ込んでいただけると幸いです。

今日はこれにておしまい。
それではまた!